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#11 世界一のベーグル?

世界一のベーグル。

その文字に引き寄せられるように、あたしはおじさんのところへ歩いていった。

おじさんは、あたしを見ると、ほんとうに顔いっぱいに笑みを浮かべた。ちゃめっけたっぷりの表情で、ものすごく早口の英語で話しかけてくる。

あたしは満面笑みのおじさんと、ボックスの中に並んだつやつやに光るベーグルの両方を見比べる。

「すいません、プレーンベーグルを一個ください」

こともあろうに、あたしは堂々と日本語で言ってみた。
なんだかすごいいきおいのあるおじさんだから、日本語で話しかけても受け止めてくれるような気がしたのだ。

私の意図とはうらはらに、おじさんはひとつひとつのベーグルの説明を始めた。
「これがシナモンレーズン、これがチョコレート、これがオニオン・・・・・・」
と指差しながら。

あった、プレーン。
一個だけ、残ってる。

手を伸ばそうとした瞬間に、すぐとなりから、ひょい、と長い腕が伸びた。
あたしが狙いを定めたプレーンベーグルをおじさんに差し出して、
「クリームチーズはさんでくれる?」
となめらかな英語で語りかけたのは、
どっからどう見ても、日本人のオトコ、だった。

「ちょっと待って。それ、あたしが買おうとしてたやつなんですけどっ」

あたしは無意識にヤツの長い腕をがしっとつかんでしまった。

ヤツはきょとんとあたしを見てる。
Tシャツに短パン、短いソックスにスニーカー。季節感のかけらもないいでたちだ。くしゃくしゃの真っ黒いくせっ毛が、ヤンキースのキャップからはみだしてる。

さらによく見ると、Tシャツに「55 MATSUI」って書いてある。

うわっ・・・・・・ハズカシイ。絵に描いたようなおのぼり観光客だわ。

ベーグル1個を取り合って、そのおのぼりさんの腕をつかんでるあたしも似たようなもんだけど。

「え。あるじゃん、ほかにも」

MATSUIは腹ペコ小学生をけん制するような視線でそう言った。

あたしはむっとして返す。

「ないですよ。それが最後のプレーンベーグルだもん。あたしが先にみつけたんだし」

あんまりあたしが食い下がるもんで、MATSUIは手にしたベーグルを、あたしに「わかったよ。はい」と渡した。
そして、ベーグル代をおじさんに払うと、「じゃあ」と、自分は何も買わずにすたすたと去っていく。
あたしはぽかんとしてしまった。

「ちょ・・・・・・ちょっと。ちょっと待ってください!」

あたしはベーグルを握りしめたまま、「55 MATSUI」と書いてある背中を追いかけた。「55」のところをぎゅうっと引っ張って、ようやく止める。

「なんだよ、どうかしたの」

MATSUIが振り返った。
至近距離に目が合って、あたしはあわててTシャツを離す。

「いやあの、だって、あたしのベーグルのお金、なんで払ってくれたんですか?」

MATSUIは両腕を前に組んで、あたしと向かい合った。
結構、背が高い。
どっちかっていうとあたしはちっこいほうだから、文字通り見下ろされてる感じ、いや、見下されてる感じがする。

どっちにしろ、やーな感じ。

5秒くらいのにらめっこのあと、MATSUIは思いも寄らない言葉を口にした。

「投資だよ」


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コメント

私も現在NYに住んでいます。
読んでいると情景がよく頭に浮かんで楽しいです。
それに、私もNYに初めて来たときマハさんと同じようにNYに何度も旅行で訪れている友達の提案で連れて
こられました。(当時私は本当はハワイにいきたかったのです)
その友達はショッピングが目的でしたが、私の目的は
ベーグルを食べながらセントラルパークを散歩することでした。いまでも、ベーグルの味忘れていません。
まさか、自分がNYで暮らすことになるとは夢にもおもっていませんでした。
マハさんが感じたものがよく伝わってきます。
これからも、ココログ小説楽しみにしています。

投稿: SPROUTS | 2007年10月31日 (水) 12時09分

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