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#13 何者?

あたしとMATSUIは、空いている緑色の木製折りたたみチェアを陽だまりに持ってきて、並んで座った。

驚いたことに、MATSUIの本名は、ほんとに「松井」だった。誕生日は5月5日。

「だからこのTシャツは、あのマツイじゃなくてこの松井のユニフォーム」
などと言う。笑ってしまった。

ニューヨークに住んで3年。
グラフィックデザイン事務所でアシスタントをしている。

事務所があるのは、いまをときめくMPD(ミート・パッキング・ディストリクト)。
なんでも昔は食肉倉庫が居並ぶ、クサい・汚い・キケンなエリアだったらしいけど、この5年くらいのあいだに流行の最先端の店やホテルが次々にオープンして、いまやすっかりトレンドタウンになってしまったとか。

もと食肉倉庫だったところに、最新ファッションがずらりと並ぶセレクトショップが入っているという。

そのまん前に、ストレッチリムジンが横付けされて、アッパーイーストに住んでいるマダムが小型犬を抱いて、つんとして車の中から出てくるんだそうだ。

「なにそれ? トレンディドラマみたい」
「ってか、ドラマのほうがあの街のトレンドを追っかけてる、って言ったほうが正しいな」

松井が住んでるのはブルックリン。マンハッタンからブルックリン橋を渡った東側にある。

「マンハッタンは家賃が高くて住めないんだ。おれの住んでるアパートの周りにも、若いデザイナーやアーティストがいっぱい住んでるよ。カフェとかうまいイタ飯屋とかもけっこうあるし」

わあ、と、ついうらやましそうな声を出すと、
「くいしんぼだな。メシのとこだけ反応してるし」
と言われてしまう。
はあ、その通りですよ。

「で、あんたは何者なの?」

松井のプロフィールをひととおり聞き終えてから、今度はあたしの番になった。

「えーとあたしは・・・・・・」

言いかけて、あたしは口をつぐんでしまった。

あたし、何者なんだろう。

フリーターです。
ひとことで終わっちゃうじゃないか。

「なんか、どデカいことをやろうとしてる人?」

すかさず、松井が突っ込んできた。
あたしはつい、むくれてしまった。

「だからやめてくださいって。あたしはそんな、スケールのデカい人間なんかじゃないんだから」
そしてぷい、と横を向いた。

こんな態度とるなんて、あたしってやっぱり子供じみてる。
これが怜奈だったらきっと、あれこれ話題の糸口をつくって、また会えるようにきちんと段取りしておくんだろうな。

・・・・・・ってあたしまた会いたいのかこいつに?

あたしの目線の先に、さっきのベーグル売りのおじさんがいた。

ベーグルの入ったボックスを首からさげたまま、おじさんもあたしのほうを見ていた。
視線が合うと、おじさんは、またもやこぼれるような大きな笑顔になった。
あたしもつられて、つい笑顔になる。

『世界一のベーグル』

リズミカルな文字が、再び目に入った瞬間、あたしは何気なくつぶやいた。

「世界一の、ベーグル職人」

え?

あたしは自分のつぶやきに、はっとした。

「へえ。そうなんだ」

松井の声がする。
気のせいかな、さっきよりもずっと近くで、囁くみたいな声が。

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