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#14 YES-I-DO!

世界一のベーグル職人。

あたしは、自分で自分の言ったことにうろたえた。
それでいて、もうずいぶん長いあいだ夢見てきたことを口にしたようで、ああ、そうだったんだよね、と納得していた。

なんだろう、この感じ。不思議な気分。
急に、目の前がひらけたみたいな。

「で、どんなベーグル作りたいの? ってか、そもそもあんた、パン焼いたことあんの?」

笑いを含んだ松井の声に、あたしはまたもやむっとなって立ち上がる。

「あたしの父は、水戸じゃちょっと知られたパン屋を経営してるんですっ!」

つい大きく出てしまった。

「へーなんていう店? ヤマザキ? 神戸屋? アンデルセン?」
「え? い、いやあの・・・ミトイチ・・・ミトイチパン、っていうんですっ!」

あたしはわざと胸を張って言った。
恥かしがる必要なんてない。いまじゃ傾きかけてるけど、それにめっちゃダサいネーミングではあるけど、お父さんのパンは、あたしにとっては世界一・・・いや少なくとも水戸市内一、なんだから。

「え、ミトイチ? まじで? おれ、知ってるよ」

松井が身を乗り出して言う。あたしはきょとんとなった。

「え? な、なんで・・・」
「おれ牛久出身なんだけど。高校時代の友達が笠間にいてさあ。ときどき、部活のときに『うちの近所の超うまいパン』って分けてくれたんだよ。へーそうなんだ、ミトイチの・・・
おれ、ヤキソバパンかなり好きだったよ」

あたしは二重に驚いた。

その①。松井が牛久(茨城県、知る人ぞ知る大仏がある町)出身だったこと。
その②。父特製のヤキソバパンを知っていたこと。それはあたしの大好物のひとつだし。

そんなオトコと、ニューヨークの名も知らぬ公園で、ベーグル売りのおじさんの前で、出会ってしまったとは。

少々ためらいつつも、あたしは何かしら運命のようなものを感じずにはいられなかった。

「じゃあ、おれの投資はムダにはならないかもしれない、ってことかも。あのミトイチのムスメなら、あのヤキソバパンのDNAを持ってる、ってことだもんな」

あたしは松井を見た。目が合って、なぜかどきっとした。

「で、どう? このベーグルは」

言われて、あたしははっとした。半分こしたベーグルは、すっかりあたしの胃袋の中におさまってしまっていた。松井は惜しむように、ゆっくりと食べている。

あたしは黙っていた。黙ったままで、くるりと向きを変え、すたすたと歩いていった。
そう、「ベーグル・サム」に向かって。

「あれ? おい、ちょっと待っ・・・・・」
松井があわてて走ってくる足音を背中で聞きながら、あたしはベーグル・サムの前に立った。

ベーグル・サムはあたしの顔を見ると、もう一度おっきな笑顔になった。

「Do you like my bagel?」

おれの・ベーグル・気に入ったかい?

なめらかな英語は、そのまま日本語になって、耳に心地よく響いた。あたしは自分の顔いっぱいに、ベーグル・サムと同じくらい、おっきなおっきな笑みが広がるのを感じながら、こくん、とうなずいた。

「YES- I- DO!!」


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