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#19 ふたつの場所

「え~なになにそれ?! なんか作ってね?! ぜえったい作ってね?!」

ニューヨーク最終日、ブライアント・パークでのできごとをややちゃんに語って聞かせてやった。そしたら異常に興奮して、ややちゃんは私の首をしめそうな勢いで食ってかかってきた。
いや実際、あたしにも作り話みたいに聞こえるよまじで・・・。

「で、で、で?! どうなったわけその青い目のアンドリューとは?!」
ややちゃんは興奮のあまりベーグルの生地を叩きつぶしている。
ほんとそれはやめてってば。ベーグルへの冒とくだから。

「どうにもなんないよ、別に」
あたしのそっけない返事に、ややちゃんは目を真ん丸くした。
「どうもないって? イケメン外人エリートで、日本語ペラで優しげで、しかも代官山在住経験ありでうちのベーグル屋のファンであるオトコを、あんたみすみす逃がしちゃったとか?」

うわっ・・・・・・そう言われるとニッポン女子の夢を逃したように聞こえる。

あたしが黙って生地をこねているのを眺めて、ややちゃんは特大のため息をついた。
「あーあ。惜しいなあ、もう」
まるで自分がチャンスを逃してしまったみたいに、ややちゃんは言った。

オーブンから焼き上がった見るからにおいしそうなベーグル。それをみすみす試食もせずに、店に出してしまった。

まあ、言ってみればそんな感じだろうか。

仕方ないじゃん。どんなにおいしそうなベーグルでも、あんまりつやつやで焼き立てだと、やけどしそうで手が出せないもんだし。

イケメン外人エリートと何もなかったと知って、ややちゃんは急にあたしの思い出話に興味を失ってしまった。
だからそれ以上、ブライアント・パークの出来事は話さなかった。

だけど、アンドリューとの偶然の出会いのあと、もっと決定的なことが起こったんだ。
ただし、そのことはややちゃんにも怜奈にも話さずに、あたしの胸の中だけにしまっておこうと誓っていたんだけど。

あたしの勤めている代官山の「デイリー・ベーグル」。アンドリューは、金融関係の仕事で東京に赴任していたころ、通い詰めたという。

あたしが勤め始めたのは半年前だから、もちろんお互い会ったことはない。けれどアンドリューは、ホウレンソウのベーグルやスィートポテトのベーグルなど、うちのオリジナルの商品をよく覚えていて、「いまでもときどき食べたくなるんですよ」と笑った。

「日本ではあの店のベーグルがいちばん好きだった。でも、昔からNo1.なのはサムのベーグルです」

あたしは、なんだかすごく嬉しくなった。

うちの店とあのサムのベーグルを一緒に語ってくれる人がいたなんて。

言葉もやってくる人も異なる、遠く離れたふたつのささやかな場所が、アンドリューによって急に至近距離になった気がした。

「そういえば、あなたはまだベーグルを買っていませんね。ぶつかってしまったおわびに、私が買いましょう」
アンドリューが言った。あたしが遠慮するまもなく、彼はサムのところへ走っていった。あたしはあわてて追いかけた。

「サム、彼女は東京から来たんだ。僕が住んでいた町のベーグル屋で働いているんだよ。君のベーグルが大好きだって」
アンドリューはサムに向かって、早口の英語で、たぶんそんなことを告げた。
あたしは思わず頭を小さく下げた。

サムは大きな黒い瞳でじっとあたしをみつめて、昨日と同じ大きな笑顔になった。

「ああ、知っているとも。また来てくれたんだね、ハニー」

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