#29 ふたりの秘密
「で、あんたの店では『ヤキソバベーグル』とか作ってないわけ?」
ハニーキャロットベーグルを思いっきりほおばりながら、松井が言った。
あたしはまたもやかじりかけのベジベーグルがのどにつっかえそうになった。
まったく、怜奈も松井も天然なところは似てないとは言えなくもないかもしれない。
こいつらのせいで、西郷山公園でのランチ中窒息死、なんてことになったらどうすんだ。
「なにそれ。思いっきりミスマッチっぽいけど」
怜奈がきゃらきゃらと笑った。
松井は大真面目だ。
「だってこいつの実家、水戸の超有名なパン屋なんだぜ。おれの高校の近くにあってさ。部活後かなりお世話になったんだ。ヤキソバパン、絶品だし」
水戸の超有名パン屋。
体育会系男子高生ご用達。
絶品のヤキソバパン。
うわあ・・・・・・どの単語をとっても、アンドリュー王国から遠く離れて茨城方面に吸い込まれていく。
「あれ? なんか松井さん、すでに夏輝のこと知り尽くしてない?」
怜奈に指摘されて、あたしは妙にぎくりとなる。
アンドリューに誤解されかねない発言でしょ、それ。
あたしはあわてて否定する。
「いやいやいや。全然、知り尽くしてないよ。あたしたちはただの通りすがりの・・・・・・」
松井は、くすっと笑って言う。
「そうだな。結構知ってるよ。なんせこいつの将来は世界一のベーグル・・・・・・」
「あーっもう!なんでそれを言う?! ふたりの秘密じゃんっ?!」
と、自分でもまったく想定外の言葉が転がり出てしまった。
ふたりの・ひみつ。
自分で言った言葉に、あたしは驚いた。
自分の人生で、初めて「ふたり」って単語と「秘密」って単語を合体させて使った気がする。
うわあ・・・・・・とあたしは、途方もなくうろたえてしまった。
「え? なになに? 秘密?」
とつっこんできたのはアンドリューだった。
か、かんべんしてくださいまし王子様・・・・・・
松井はくすくすと笑って、
「あーそうだな。秘密秘密。ふたりの秘密」
かなり面白そうに言いやがった。
「えー、なにー。あやしーい」
怜奈はまたふくれモードになる。
まったく、常にそこにいる男子全員の注目の的になってないとやだっていうんだからな、このお嬢様は。
「べ・・・・・・別に秘密じゃないよ。ベーグル職人になりたいって、この人に、ちょこっと自分の将来の夢を話しただけ」
あたしはついに開き直って言い放った。
あれ・・・・・・だけど。
口に出してみると、そんなに無茶な感じもしないのが、ちょっと不思議だ。
アンドリューは、うんうん、とうなずいて、「いいね、いいね」と楽しそうだ。
こういうリアクションが日本人ぽくて、すごくキュンとくる。
「だからナツキは、ベーグルの店に勤めて、ニューヨークでベーグルの食べ歩きしてたんだね。で、『ベーグル・サム』のベーグルに行き着いた」
アンドリューがすばやく話をまとめた。
ううっ、こういうとこもスマートなヤンエグって感じがする。
「そう。サムのベーグルが、いまんとこあたしの世界一。まだまだ無理だけど、いつか追いつけたらなあ、なんて」
あたしは正直に自分の胸のうちを語った。
松井と怜奈はともかく、アンドリューに聞いて欲しくなったのだ。
あたしの夢。現実的にも無謀にも思える、夢のこと。
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