#36 今度こそ、会おう
翌朝。
あたしの胃袋は、ビールの飲み放題の居酒屋で朝まで飲んだ翌日よりも、重たくよどんでいた。
かなりひどい顔をしていたんだろう、出勤したあたしを見て、ややちゃんが「ヤケ酒?」と聞いてきた。
アンドリュー王子をめぐる怜奈姫対あたしのバトル。ややちゃんに敗北判定を出されて、ヤケ酒したのだと勘違いされてしまった。
「違うよ。中野でスイーツミシュランやったの」
一応正直に言ってみたが、ややちゃんにはまったく理解不能だったようだ。
それにしても。
なんだったんだろう、昨日の夜は。
アンドリューと松井は、あたしのアパートまで送ってくれたのだが、ちょっと離れて歩きながら、ずっと何事か英語で話し合っていた。あたしに聞かれたらマズい話なんだと、なんとなくわかった。「Bank」「Fund」「Dollars」など、あたしがかろうじて判別できる言葉がところどころ聞こえていた。
あーあ、送ってくれるのがふたりじゃなくて、どっちかひとりだったらな。
いやいや、どっちか、じゃなくて、アンドリューだったらな。
寄ってく?
もう遅いし、泊まってってもいいよ。
なあんて、怜奈じゃあるまいし、言えるわけないんだけど。
ってか、それ以前に、ハリケーンが吹き荒れたあとのような部屋に寄ってってもらうわけにはいかないんだけど。
「あの先のアパートだから。ここまででいいよ、ありがとう」
心細げに光を落としている街灯の下に立ち止まって、あたしはふたりに向かって言った。
「ナツキ。今日はほんとに、遅くまで私たちに付き合ってくれてありがとう」
アンドリューは、あたしにまっすぐ向き合うと、心のこもった声でそう言った。
あたしは急に照れくさくなってうつむいた。
「イチゴのミルフィーユに、バナナチョコクレープに、洋なしのタルト、きな粉サンデー。あんたもおれらに負けず劣らず、大食いなんだってわかったよ」
あきれているのか感心しているのかわからないような口調で、松井が続ける。
王子とあたしのあいだにほんの一瞬流れたロマンティックな空気を、松井はまったく読まなかった。
「でもまあ、あんたのおかげで色々と勉強になった。感謝するよ」
松井はにっと笑って、あたしの顔をのぞき込んだ。あたしはわざとふくれて、そっぽを向いてやった。
アンドリューはまた、「まあまあまあ」と私をなだめた。
「私は明日の午前の飛行機でニューヨークに戻る。また近々、東京に来ると思うよ。そうしたら、今度こそペニンシュラのバーで会おう」
あたしは顔を上げて、アンドリューを見た。
初めて会ったときと同じ、やさしく、おだやかな青い瞳。
ずっとみつめていられなくって、あたしはまた、目をそらしてしまった。
「またそんなこと言って。期待させるなよ、気まぐれ王子様」
松井がやっぱりにくたらしいことを言うのを、もうあたしは聞かなかった。
「いえ。期待して待ってます」
自分でもびっくりするくらい、あたしはきっぱりと返した。
アンドリューはにっこり笑って、「ああ、もちろん」ともう一言、言った。
通りかかったタクシーを止めると、「じゃあね」と軽く手を振って、ふたりは行ってしまった。
もちろん。
もちろん、会おう。ペニンシュラのバーで。
今度こそ、ふたりっきりで。
そのときは、帰さないよ・・・・・・
と、あたしの脳内でアンドリューの言葉が勝手に増幅していた。
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