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#41 帰省

晴れない気分で、週末、あたしは水戸行きの長距離バスに乗っていた。
どこまでも単調な高速道路に沿って、あたしの心の中をそっくり映したような曇り空が続いている。

怜奈はあれから、なんだか臆病になってしまってアンドリューにメールも送ってないらしい。
例の買収の一件は、あたしだってNY男子たちになんてコメントしたらいいのかわからない。

やったね☆ってのもなんかヘンだし、おめでとう、ってのもしっくりこない。
日本の老舗を乗っ取るなよオイ#って怒るのも違うし。

それにしてもあいつら、NYに帰ってから連絡してこなくなった。やつらの来日中に、スイーツ食いまくり以外にあたしが何をしたわけでもないが、ぱったりと連絡が途切れると、寂しいようなくやしいような、妙な気分になる。

アンドリューが怜奈に思わせぶりなことを言っているのも、実際気になる。
本来なら、憧れの王子が怜奈に気のあるそぶりを見せてる時点で、もっとしょげそうなもんなんだけど。

むしろあたしは、F社を買収したような勢いで、アンドリューがあたしの友だちを乗っ取ってしまうような気がしてる。

なんかほんとにただもんじゃない。
それは、松井が予言した通りだった。

松井のこともわからない。もちろんアンドリューの味方なんだろうけど、あたしと怜奈に忠告したりするのは、どうしてなんだろう。

「なんだか浮かない顔してんな。久しぶりに帰ってきたのにどうしたんだ」

夕食のテーブルを囲んで、父にいきなり指摘されてしまった。
母もすかさず追撃する。
「そうよ。玄関開けた瞬間から、『はあ~っただいま』なんて、ただいまよりため息のほうが先にきてたわよ」
「腹減ってただけだろ」と弟。こいつは地元の大学2年生だ。最近カノジョができたらしく妙にウキウキしてるのがムカつく。
「そうだ、おみやげくれよ。ニューヨーク行ってきたんだろ?」
片手に茶椀、片手をこっちへ突き出した。あたしは足元に置いてたバッグからTシャツを取り出して、弟の顔に投げてやった。

「なんだよ~これ?55 MATSUI? だっせー」
「うるさい!NYではそれが一番イケてんの!!」

「おれにはないのか?」
父が言うので、あたしは「ちょっと待ってて」と、キッチンに置きっぱなしにしていたアイスボックスから冷凍ベーグルを取り出してきた。

「なんだこりゃ」
「ベーグルだよ。試食しておいしかった5軒くらいのデリから買ってきて冷凍しといたの」
父はしげしげとかちんこちんになったベーグルを眺めている。それを母に手渡しながら、
「冷凍じゃなあ。鮮度だいぶ落ちてるだろ」
「そりゃそうだけど。サイズと生地の感じだけでもわかるかな、って思って」

もっとも、一番おいしかったベーグル・サムのベーグルは買って帰れなかったけど。

「じゃあ、とにかくあとでトーストして食ってみるか」
父にそう言われて、あたしは少し気持ちが明るんだ。

今日、帰省した理由。

それは、ちょっとした決意を家族に伝えたかったからだ。

NYから帰ってきてからずっと、あたしはたったひとつのことだけを心の中に思い描いていた。
そのために、これからの自分の生活のすべてを捧げてもいい、と思い始めていた。

それは、NYに行ったときにあたしの心にふっと生まれて、それからどんどんどんどん、大きくなった希望のようなもの、だった。

いつか、もう一度ニューヨークへ行く。
いつか、本当にベーグル職人になる。

それがあたしのほんものの夢、になったんだ。

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