#42 告白
「お父さん。あのさ・・・・・・ちょっと聞いてもらいたいことがあるんだけど」
夕食のあと、母に冷凍ベーグルをトーストしてもらっているあいだ、テレビを見ている父に話しかけてみた。
「なんだあらたまって。嫁のもらい手でも決まったのか」
まったく嫌味にしか聞こえないんですが。
「はあ。だったらいいんだけどね」
あたしがため息混じりに言うと、父は気持ちよく笑い声を立てた。
「そりゃひと安心だ。こんな貧乏なうちじゃ、結婚資金なんか1円も出ないからな」
ってどういう理由で安心してんのお父さん?!
あたしは父の笑い顔を眺めていたが、意を決して話し出した。
「ねえお父さん。あたしにとってはお父さんがパン作りの先生みたいなもんだから、最初に相談しようと思ったんだけどさ・・・・・・」
それにスポンサーでもあるわけだから、とは思いつつも口にしなかった。
「あたし、この前ニューヨークに行って思ったんだ。世界はすっごい広い!あたしの知らないことがまだまだいっぱいある!って。だからもっと世界に出て行って、色々体験してみたい、って」
マンハッタンでベーグルの食べ歩きをしたときの感じを思い出しながら、そして目の前にベーグル・サムが出てきたかのように、あたしは誰もいない空間をみつめて、思い切って言った。
「あたし、ニューヨークでベーグル職人になる修行がしたい。できるだけ早く」
父がこちらを見た。驚きの色が、目に浮かんでいる。
あたしはもう一回、勇気を振り絞って言い足した。
「できることなら世界一のベーグルを作りたい。その目標になる人が、あの街にいたの」
ブライアントパークに。
そこまで言った瞬間、ベーグル・サムの隣にふっと松井の姿が浮かんだ。
あれ、どうしてだろ。なんであいつが・・・・・・
あんたの未来に投資する。
あのとき、たしかあいつはそう言ってくれたんだった。
「夏輝。実は、おれのほうからも話したいことがあったんだ」
ブライアント・パークに気持ちが飛んでしまっていたあたしは、父の沈んだ声で呼び戻された。
ちょうど、母がトーストしてバターを添えたベーグルを運んできたところだった。母はそのまま、父の隣に座った。
「お前がニューヨークにいって、あれこれ体験してきたことは、おれもよかったと思ってる。夢中になる気持ちもわからんでもない。でもな夏輝。現実ってのは、けっこうきびしいもんなんだ」
職人気質の父は、時々こんなふうにおおげさなことを言い出す。だからあたしは「また始まったよお父さん」くらいにしか思わなかった。
次の言葉を聞くまでは。
「うちの店は、今年いっぱいで閉めようと思う」
えっ。
あたしは父の顔を見た。それから、母の顔も。
沈痛な表情ではない。どこかしら吹っ切れたような顔だった。
もう決めたんだ。
ふたりの表情が、そう語っていた。
「ここまでがんばってきたけどね。もう限界なのよ。原材料も上がる一方だし、大手のスーパーにお客さんも流れちゃうしね」
母は弱々しく笑った。
「まだまだいけると思ってたけどなあ。おれも年を取れば取るほど再就職もできなくなるからな。この辺で見切りをつけなくちゃ」
父が、かすかに笑って言った。
あたしはどうしても言葉が出なかった。
うそでしょお父さん?
お父さんが、パンをもう作らなくなっちゃうなんて???
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