« #42 告白 | トップページ | #44 電話 »

#43 長いメール

次の日の朝。あたしはひさしぶりに、実家のパン屋「水戸一」の店先に立った。

昔ながらのあんパン、クリームパン、コロッケパン。ヤキソバパンは、あたしも大好きな一品だ。母が作るヤキソバがたっぷり入ってる。高校時代、残り物のヤキソバがお弁当におかずとして入っていたのは、ちょっとうんざりだったけど。

「あら夏輝ちゃん。ひさしぶりねえ、帰ってきとったの?」
近所のおばさんに声をかけられて、あたしは懐かしさで胸がいっぱいになる。
「水戸一さん、お店閉めるんだってねえ。あんたがこっちへ帰ってきてお店継いだらどうなの?」
そう言われて、あたしは弱々しく笑って返すことしかできない。

昼には近所のおばあちゃんが、午後には部活帰りの中学生たちがやってくる。
ヤキソバパンを袋に入れながら、そういえば松井も部活帰りにヤキソバパンを買っていった、って言ってたなあ、と思い出す。

水戸一のヤキソバパンは絶品だよ!

そう言ってくれたとき、少年のように目を輝かせていた。

なんでだろう。昨日今日と、やたら松井のことを思い出す。
ニューヨークに行きたいって夢のこと、父が店をたたもうとしていること、全部まとめて、松井に聞いてもらいたい。
それがあたしの正直な気持ちだった。

午後六時。店を閉めてから、あわただしく帰りじたくをした。
「じゃあ、また来るから。今度は年末になっちゃうかもしれないけど」
玄関先で、並んで立っている父と母にそう言った。
「おう。店じまいの手伝い、してもらうぞ」
父が言った。少しだけ、寂しそうな顔で。
あたしはうなずいた。
玄関のドアを開けかけたとき、「夏輝」と父が呼び止めた。

「店を閉めれば、おれも肩の荷が下りる。娘の一人くらい、外国へ送り出す余裕も多少できるさ。きっと、嫁にいかせるより簡単だ」

あたしは振り向いて父を見た。
父の顔からは、寂しそうな表情はもう消えていた。

「ニューヨークでもどこでも、行ってこい。その代わり、一人前になるまで帰ってくるなよ。いいな?」

その夜、あたしは松井にメールを書いた。長い長いメールを。

アンドリューの会社がF社を買収したのには、正直驚いたこと。
アンドリューが怜奈に思わせぶりな態度を見せて、怜奈が戸惑っていること。
店を閉める、と父に告白されたこと。

そして、あたし自身の夢。
できるだけ早くニューヨークに行って、ベーグル・サムに弟子入りしたい、と思いを募らせていること。

なにもかも、正直に打ち明けた。

あたしは自分で驚いていた。こんなふうに、松井に洗いざらい、自分の思っていることを打ち明けられるなんて。
それは、ほかの誰でもなくて松井に聞いてもらうのが、いちばんいいんだ、と思ったからだ。

自分に正直になろう。あたしは、そう思った。

実家で父と正面から向き合って話したことが、あたしをいっそうそんな気持ちにさせた。

F社買収が発覚する直前までは、あたしの夢のことを、アンドリューに聞いてもらおうと思っていた。
実は、結構ずるいことを考えていたのだ。

アンドリューは正真正銘のエグゼクティブで、お金持ちで、社会的にも力がある。そしてあたし(怜奈にもだけど)に優しくしてくれている。ニューヨークでの生活基盤を作るうえで、サポーターになってもらうには彼以外いないじゃないか、と。

だけどあたしは、今度こそ、自分の本当の気持ちに向き合った。
あたしにとっていちばん大切な話を、いまだれに相談したらいいのか。

それはアンドリューじゃなくて。
なんだか、たぶん、松井ヒデキ・・・・・・のような気がしたんだ。

|

« #42 告白 | トップページ | #44 電話 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« #42 告白 | トップページ | #44 電話 »