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#44 電話

松井宛てに書いたメールを何度も何度も読み返して、夜中の2時過ぎ、ようやく送信した。

なんだかドキドキしてしまった。ラブメールでもないのにな。

ベッドに入っても頭がさえてしまって眠れない。もぞもぞしていると、突然、携帯が鳴った。
あたしは文字通り飛び起きた。なんと松井からの電話だった。

「よお。長くてあっついメール、読んだぜ」
開口一番、そう言った。あたしは暗闇の中で真っ赤になった。
「もう、茶化さないでよ。けっこうまじに書いたんだから」
おもしろそうに笑う声が、携帯の奥から響く。目の前にあいつがいるみたいに感じた。

「『水戸一』が店じまいって書いてあったから、あんまりビックリして電話しちゃったよ。ああ、閉店前にヤキソバパン食いてえ」
あたしはちょっとだけ複雑な気分になった。
あたしの夢とかそういうことよりも、そこに反応したわけか・・・・・・
「年末までに帰国するなら、一個取っとくよ」
冗談で言うと、
「そのために帰ろうかなあ」
なんて言ってる。けっこう本気っぽく。

「でもまあ、リベンジすりゃいいよ。あんたが世界一のベーグル職人になって」
松井は真面目な口調で続けた。
「ニューヨークって街は簡単にはサバイバルできないとこけど、なんかやってやろう!ってやつにはいつもドアが開いてるんだ。だから、そっから入ってこいよ」
あたしは思わず、胸の上に片手をおいた。心臓が、急に高鳴りだしたのだ。

だから、そっから入ってこいよ。

その言葉が、体中を駆け巡る気がした。

「こっちで一流の技術を磨いて、今度はあんたが『水戸一』以上の店を、いずれ作ればいい。親父さんが『行ってこい』って言ったのは、そのへん期待してんだろ。自分ではできなかったことを、あんたに託したのかもしれないぜ」

「それって、どういう・・・・・・」
ちょっとだけ声が震えてしまうのをおさえながら、あたしは聞いてみた。

「ベーカリーだよ。『水戸一』じゃなくて『世界一』の」

そう言ってから、松井は笑って、
「いきなり目標デカすぎか。せめて『日本一』の」
と言った。

なんだろう。

あたしは胸の奥が、じんと熱くなるのを感じていた。
どうしてだかわからない。でも、鼻の奥も、つんとなった。

涙声になりそうなのを必死にごまかしながら、あたしは明るい声で返した。

「あのさ、松井」

「なんだよ」

あたしはすなおに、ごく自然に言った。
「ありがと。なんかあたし、すっごいやる気になってきた」

ほんのちょっと間があって、松井が返してきた。
「なんつって、きびしいぜ。ニューヨークで生きてくのは。弱気なやつは、どんどん振り落とされるし」

電話でしゃべっていることも忘れて、あたしは一生懸命うなずいて見せた。

「あのアンドリューだって、千ドルの資金を元手にデイトレーダーをやってのし上がったんだ。本人に悪気はなくても、結局周囲の人たちを傷つけるようなこともあるしな」
あたしは黙っていた。意気消沈する怜奈が、一瞬脳裏をかすめる。

「あんたも学習して、やつを利用できるくらいになればいい。あいつだってあんたを利用したんだから」

ファミレスの一夜のことを、松井は打ち明けてくれた。
あそこのスタッフにはハートがある。何気なく言ったあたしのひと言が、アンドリューに買収を決意させるきっかけになった、と。

心がけのいいスタッフがいて、ハートのこもったデザートを提供している。苦境にあっても、いいスタッフがいる会社は伸びる。それがアンドリューの判断材料になったのだ。

「あんたには、それだけ洞察力がある。人を見る目と、うまいものを見る目と。・・・・・・・ってまあ、ひと言で言うと食いしん坊、ってことだけど」
松井の笑い声が耳の奥に響く。あたしも一緒に笑ってしまった。

そして、松井の次のひと言で、あたしの心はすっかり決まってしまった。

「その才能、活かしてみろよ。ニューヨークで」

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