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#47 旅立ち

3月。
春の訪れをほんのり実感できる、よく晴れた日。
あたしは成田空港第2ターミナルの出発ゲート前にきていた。

あたしの前にはお父さん、お母さん、弟が立っている。
「デイリー・ベーグル」のバイト仲間、ややちゃんも。
そして、怜奈も。
一列に並んで、みんな笑顔だ。

「お前、ほんとに大丈夫なのか? 英語ちゃんと通じるのか?」
お父さんはさっきから同じ質問を30回以上している。
「大丈夫だよ。『ビリーズ・ブート・キャンプ』で鍛え済みだもんな?」
弟がまったく根拠のないフォローを入れる。だいたい、あれ英会話のレッスンじゃないし。
「代官山のお店は外国人のお客様も多いんですよ。それ全部、夏輝が対応してたんです。だから大丈夫」
ややちゃんが根拠あるフォローを入れてくれた。
実際、ニューヨークに行くことが決まってからは積極的に外国人客の相手をした。何が話せなくても、少なくともベーグルの話ができればいい。そう思って、必死にコミュニケーションした。そして、好きなものに関しては案外話ができるものだ、と悟った。

「お友だちへのおみやげ、ほんとにこんなものでいいの?」
母が不安そうに言う。あたしは「もちろん」とうなずいた。
母に頼んで持たせてもらったのは、小さな冷凍ボックス。中身は「水戸一」特製ヤキソバパンの具財だった。
これを使って、ニューヨークでヤキソバパンを作って食べさせるのだ。
そう、松井ヒデキに。

実は、ニューヨークに移住するにあたって、住むところが決まるまで、松井の家に居候することになったのだ(両親には松井ヒデ子という日本人女子のところ、とごまかしていた)。

松井は3ベッドルームのけっこうなアパートに住んでいるらしい。
「ゲスト用バスルームもあるし、使えば? タダで泊めてやるよ」
と言われたのだ。

正直、かなり迷った。いろんな意味で。

相手が誰であろうと、とりあえずはオトコ&オンナなわけだ。ひとつ屋根の下にいて、ナニが起こらないとは誰にも保証できない。

そう考えた時点で「ナニ考えてんだあたし?!」とあわててしまった。
松井のほうは、当然そんなこと考えていないからこそオファーしてくれたに決まっている。そんなこと考えるあたしの心にヤマしいことがあるんじゃないか。

それに、なんのあてもなくいきなり転がりこむのは図々し過ぎないか。
もとはといえば、公園での単なる行きずり同士。
松井の生活にあたしが踏み込む権利なんかないんじゃない??

が、アンドリューに「しばらく泊めて(ハート)」と言うには、大気圏突破くらいの勇気とパワーがいる。
ニューヨークでカネもコネもないあたし。
松井のオファーは、ありがたいのを通り越して泣けるくらい、っていうのがホンネだった。

「夏輝らしくないなあ。そんなときこそ図々しくならなくちゃ、ニューヨークで生きていけないよ」
そうアドバイスしてくれたのは、怜奈だった。

怜奈は、あたしがニューヨークに行くと打ち明けた日から、全面的に協力してくれた。
現地での生活についてあれこれ教えてくれ、友だちを紹介してくれた。
怜奈はなんだか、一生懸命だった。
まるで、自分が夢に向かって飛び立っていく準備をしているみたいに。

あたしは怜奈の助言を得て、松井の申し出をありがたく受けることにした。

「ただし、ひとつだけ条件がある」
と、松井はメールで言ってきた。
「こっちで『水戸一』のヤキソバパン、作ってくんない?」
いろんな意味で、トンデモないやつだ。

ニューヨークに出発前、あたしは実家に帰ってヤキソバパンを両親から伝授してもらった。
それは結局、すごくいい経験になった。両親がどんなに精一杯の技術と愛情を注いで、1個150円のパンを作り続けてきたのか。あたしはようやく目が覚める思いがした。

去年の年末に、「水戸一」は三十年間の歴史に終止符を打った。
最終日は、あたしも手伝いにいった。
信じられないほどたくさんの人々が押しかけた。地元のおばさん、中高生たち、おじいちゃんおばあちゃん。
まったく、閉店するまえにもっと来てくれてりゃあなあ、なんて父もつい苦笑になる。
あたしたち親子は、最後の三日間、力を合わせて心のこもったパンを焼き、ひとりひとりにていねいに手渡した。

最終日、シャッターを閉めたあと、
「ほいこれ。お疲れさん」
と、父が分厚い封筒を渡してくれた。

なけなしの貯金を全部はたいて、あたしの渡航費と当面のNYでの生活費を工面してくれたのだ。

あたしはどんな言葉も出なかった。
ただ、封筒をぎゅっと抱きしめた。

そしてこの春、父は地元の製パン工場に就職した。
どんなかたちであれ、パン作りに再び関われる、と嬉しそうだ。
父はほんとうに、どんなことよりも、パン作りが大好きなのだ。

「いずれお前が一人前にベーグル作れるようになったら、今度はおれが手伝わせてもらおうかな」
なんて言っている。

そのときまで、腕が錆びないように、おれもがんばる。
だからお前は、おれの100倍、がんばれよ。

父はそう言って、あたしの背中を押してくれた。

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コメント

ドキドキ…なんだか最終話フラグがたち始めてる感じですが、とうとうNYに旅立つのですか!
一体これからどんな風に展開して、どんな未来になるのかが楽しみです!
早く続きが読みたい!

投稿: ブラッキ | 2008年2月21日 (木) 18時18分

私も4月から夢のために地元を出るので、
感情移入しちゃって泣いちゃいましたweep
お父さんがいい味だしてますね!!

投稿: meme | 2008年2月22日 (金) 00時21分

うぅぅ・・・(っω;`。)スンスン
なんだか泣けてきちゃいました。
頑張れ 夏輝(ノ∀`*)ノ

投稿: こと。 | 2008年4月19日 (土) 08時47分

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