#50 約束
いきなり王子に熱い抱擁をかまされて、あたしは10秒以内に気絶しそうになった。
落ち着けあたし。
そう、ここはアメリカ・ニューヨーク。
ハグなんてフツウのごあいさつなのよっ。
そう自分に言い聞かせつつ、ブルガリ・プール・オムのエロい香りにおぼれそうになる。
「ヒデキから君がこっちへ引っ越してくるって聞いて、さっそくランチに招待しようと思ったんだ。ナイショで迎えを出すなんて、ちょっと強引過ぎたかな」
アンドリューは無邪気な笑顔で言う。
あたしは驚いて、すぐに返した。
「そ、それは嬉しいけど・・・・・・今日は松井とランチの約束、してるし」
セントラル・ステーションで落ち合ったあと、すぐにブライアント・パークへ行こう。
ベーグル・サムのベーグルを買って、ランチしよう。
松井と、そう約束していた。
それは何より、大切な約束だった。
だってあたし、今日、サムに打ち明けるんだ。
あなたを目指して、ここまで来ました。
自分でそう告げるのを、松井に届けてもらうんだ。
もしもこの先、あたしがくじけそうなときがあったら。
夢をあきらめて、日本に逃げ帰りそうになったら。
あのときあんなふうに言ってただろ。
いましめてもらうためにも、誰かに見届けて欲しかったんだ。
アンドリューの青空のような瞳に、ほんの少し雲がかかるのが見えた。
「そうか。さっき連絡したとき、彼はそんなことなんにも言ってなかったけどな」
そう言われて、あたしは胸の奥がちくん、と痛むのを感じた。
あたしにとっては大事でも、松井にとってはひまつぶし、みたいなものなのかな。
あたしはがっかりした。
なんだか、NYに来た意味が、少し変わってしまったような気がした。
サムに打ち明けるのは、明日でもあさってでもできる。
松井も、アンドリューがあたしをオフィスに招待すると知って、そう思ったのかもしれない。
だけどあたしは、いちばん最初にそうしたかったのだ。
「とにかく。MPDにあるレストラン『モリモト』で予約してあるんだ。長旅で疲れてるだろ? やっぱり和食がいいかな、って思ってね」
アンドリューはデスクに戻ると、インターフォンで「レベッカ、出かけるから車を回しておいてくれ」と英語で指示している。
かつかつと靴音を響かせて、もう一度あたしのそばへくると、
「さ。行こう。いまから行く店はスイーツもおいしいんだ。また意見聞かせてくれるよね?」
さりげなく肩に手を回した。
が、あろうことかあたしは、その手からするっとすり抜けてしまったのだ。
「ナツキ?」
アンドリューは不思議そうな表情であたしを見ている。
あたしはおろおろと床を見たり天井を見たり壁を向いたりしていたが、ようやくアンドリューの顔をまっすぐに見ると、きっぱり言った。
「ごめんっ! あたし、行くところがあるの。どうしても、いますぐ、行かなくちゃならないんだ。だから・・・・・・」
アンドリューの表情が、だんだん険しくなるのがわかる。
うわ・・・・・・白い王子が黒ずんできてる・・・・・・
「じゃあねっ。See Ya!」
ひと言叫んで、あたしはドアから飛び出した。
長い廊下を走りながら、あたしは自分の最後の英語のセリフに、自分でちょっとシビれてしまった。
See Ya! って一回使ってみたかったんだよね。こんなに早く口にできるとはなあ。しかもごく自然に・・・・・・
エレベーターのドアが閉まってから、ふと気がついた。
そういえば、スーツケース。リムジンのトランクに置きっぱだ・・・・・・(汗
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コメント
黒アンドリューが何を考えてるのかが分からなくて怖いです
続きが気になります
投稿 扇 | 2008年3月 2日 (日) 21時12分
うっ・・・スーツケース どぉするの?!
やばいやばい ('・c_・` ;)
投稿 こと。 | 2008年4月19日 (土) 09時03分