« #53 決意 | トップページ | #55 そうだったんだ・・・・・・ »

#54 再会

二時間後。
松井とあたしは、マンハッタンの北、ブロンクスの古ぼけたアパートの入り口に立っていた。

ニューヨークの治安は十数年前にくらべると格段によくなったらしい(怜奈情報)。油断しなければハーレムやクイーンズは夜、一人歩きもできるくらいだそうだ。
それでも危険なエリアはある。ブロンクスの一部はそういう地域とのことで、「用事があっても一人では絶対に行っちゃため」と怜奈に言われていた。

そのあまり治安のよくないエリアに、ベーグル・サムは住んでいた。
サムがいなくなってから、松井が粘り強くブライアント・パーク周辺でサムの知人を探し、居場所をつきとめたという。
そんな探偵みたいなことも、やつは得意なんだろうか。アンドリューは産業スパイみたいなことをやってたし、まったくただものではない男子たちだ。

松井はボロボロのスチールのドアをガンガン、とノックして、大声で(もちろん流暢な英語で)声をかけた。

「サム、いるか? ヒデキだよ。ヤンキースの55番、ヒデキ・マツイ。日本からルーキーを連れてきたぞ~っ」

ってどんな冗談を言ってるんだこいつは?!

しばらくして、ゆっくりとドアが開いた。
ずっとどきどきしっぱなしだったあたしの心臓のスロットルは、一気に全開になった。

「サム!」

全開のエンジンに押し出されるように、あたしはドアの向こうから出てきた巨体に抱きついてしまった。

「おおっ?! このルーキーは・・・・・・ヘイ、ナツキ? ナツキじゃないか?」

うわっ、名前覚えててくれたんだ。あたしは嬉しさのあまり、泣き出しそうになった。

「サム! よかった、会えて・・・・・・あたし、サムに会いに日本からこっちへ引っ越してきたんだよ。あなたみたいなベーグルマスターになりたいから」

自分でもびっくりするほど、すらすらと英語が出た。サムは丸い目を最大限にまん丸にして、あたしをじいっとみつめている。

「なんだって、ハニー? ベーグルを作るってのか? 君が?」

あたしは何度もうなずいた。松井が後ろからつけ加えた。
「彼女、あんたに会いたい一心でここまで来たんだ。あんたの弟子になるって、勝手に決めて。弟子にしてもらえるかどうか、おれから先に聞いてやろうか? って言ったんだけど、どうしても自分で直接頼みたいから、って譲らなかったんだよ」

他人の口から言われるとなんとも恥ずかしかったが、その通りだった。

大切な、大切なこと。
あたしの人生を決める、ひと言。
ヨメにもらってください、って言うのと同じくらいか、それ以上に。

「サム。私を、あなたの弟子にしてください」
あたしは、まっすぐにサムの目を見て言った。

「世界一のベーグルを作りたい。いつかブライアント・パークで、あなたと一緒に、自分で作ったベーグルを売りたいんです」

そしていつか、日本でも。

サムは、一等星のようにキラキラ光る目であたしをみつめ返した。そして、とても静かな声でひと言、言った。

「ありがとう、ナツキ。君は、なんてすてきな女の子なんだろう。その情熱があれば、きっとすばらしいベーグル・マスターになれるはずだ」

褒められて、あたしは躍り上がりそうになった。
「じゃあ、あなたの弟子にしてくださるんですね、マスター?」
うきうきと、あたしは聞いた。

一瞬の沈黙。

ふと、サムの表情に暗い雲が行過ぎるのが見えた。

「いや・・・・・・それはできない」

沈んだ声がした。次の言葉に、あたしは返す言葉を失った。

「私はもう・・・・・・ベーグルは作らない。いや、作れないんだよ」

|

« #53 決意 | トップページ | #55 そうだったんだ・・・・・・ »

コメント

毎回かかさず読んでます。
夏輝,サムに会えてよかったぁsun
そして,サムはどうしちゃったんですかっ!?
早く続きが知りたいですheart01

投稿: コシヅカ | 2008年3月11日 (火) 09時37分

わくわくして見てますwink

次の話が楽しみっlovelyshine

頑張ってくださいheart01

投稿: み | 2008年3月15日 (土) 23時11分

早く次ぎが読みたいんですけど!!!次の更新はいつですか??

投稿: | 2008年3月16日 (日) 15時54分

サムに 何か すごい理由があるみたぃな・・・そんな重たい空気が流れてる (・ิд・ิა)
早く次を読まなくちゃ!!!

投稿: こと。 | 2008年4月19日 (土) 09時17分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« #53 決意 | トップページ | #55 そうだったんだ・・・・・・ »