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#56 松井のアパート

その夜。
あたしはようやくブルックリンの松井のアパートの一室に落ち着いた。

松井のアパートは想像以上に広くてイケてるインテリアだった。松井はマンハッタンの大手デザイン会社に籍を置きつつ、自分のオフィスもこの場所に兼ねている。
アンドリューは目に見えて別格の成功者なんだろうけど、松井だって結構な成功者なんだ。

最近ではブルックリンも高級住宅街に変わりつつある、と怜奈情報。住居を見てみて、松井がどんなにニューヨークで成功しているかをあらためて知った。

そう、松井はどっちかっていうと、サム側というよりはアンドリュー側の人間なんだ。

「このゲストルームがあんたの部屋。専用のバスルームと繋がってるから使っていいよ。キッチンはおれも使ってるけど、そこも好きにしていいから」
松井は自分の部屋以外の室内を一通り見せてくれた。
それから、あたしの顔をのぞきこんで言った。
「なんだよ、へんちくりんな顔して。そんなにおれのこと信用できねーの? 部屋には鍵もついてっからロックして寝りゃいいだろ」

ずっとうつむきかげんだったあたしは、突然ミョーなことを言われて顔から火が出そうになった。
「なっ・・・・・・そんなことぜんっぜん思ってないよっ!」
「あっそ。ならいいけど。ただしオトコ連れ込むのはかんべんしてくれよ。まあ、そういうコトになったら、一応事前に連絡くれよな。その日は遠慮するから」

な・・・・・・?!

意外なことを言われてしまって、あたしは固まった。
それって、場合によってはほかの男を連れ込んだっていいってこと?
つまり・・・・・・あたしのことはなんとも思ってない・・・・・・ってこと、なの?
さっき赤くなった顔が、いっそう上気してくる。
なんでだろう、すごいショックだ・・・・・・

松井は真っ赤になったあたしの顔を見て、あはは、と爽快な笑い声を上げた。
「なんだよ。今度はゆでダコみたいになってるぞ」

ムカーーーーーッ。

本気でアタマにきたあたしは、いきなり松井の背中を思いっきりどついてやった。松井は前につんのめって、なおも笑っている。

「そうそう、その調子」
「なにがその調子だっ!! いーかげんにしてよっ!!!」

あたしは広々したリビングで松井を追いかけ回した。松井は逃げ回りながら「その調子、その調子」と楽しそうだ。

「せっかくニューヨークまで来たんだろ。落ち込むことないって」

あたしはぴたりと立ち止まった。

そうだった。
サムの家からこのアパートに入るまで、あたしはひと言も口をきかず、笑いもせず、松井に目を向けることすらできなかった。
どうしたらいいんだろう。
どうしたら、サムの力になれるんだろう。
どうしたら・・・・・・

ずっとそう考え続けて、この街へやってきた意味も見失いかけていた。

「サムのことは正直、想定外だった。でもなあ。40年以上もベーグル一筋、作り続けてきたんだぜ? そう簡単にあきらめるとは、おれには思えない」
ソファの背もたれの向こうに突っ立って、松井はそう言った。

「自分のいちばん好きなことを取り上げられるのはそりゃあショックだろう。けど、ちょっとしたきっかけがあれば、きっと思うはずじゃないか? 『このままじゃ終われない』って。だって、あんただってそうだろ?」

あたしは松井の目を見た。
さっきまであたしをからかって楽しんでいた目には、真剣な光があった。
「おれもそうだった。初めてこの街に来たとき、こっぴどくやられてさ」

それから松井は語り始めた。
どうして自分がニューヨークにきたのか。その夢と挫折のプロセスを。

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コメント

今日偶然ここに来て、一話から一気に読ませていただきました!!
遠いと思っていた夢って
そんなに遠くないのかなって
感じさせてくれる、
元気が出る小説でした。
続きが楽しみです!!

投稿: まち。 | 2008年3月23日 (日) 23時23分

やっぱり松井って いい。゚+.デレ(*′∀`*)デレ。゚+.
こんな励まし方してくれるって どぉ言っていいか分からないけど とってもいいღღღ
男と女じゃなくて 夏樹をしっかり見ててくれている そんな頼りがいのある松井 グク~~~!!!

投稿: こと。 | 2008年4月19日 (土) 14時59分

本気でアタマにきたあたしは、いきなり松井の背中を思いっきりどついてやった。 この”どつく”ってここだけ関西弁?(笑)

投稿: natu | 2009年2月 6日 (金) 15時01分

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