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#58 ふたりの出会い

その夜、松井の家のダイニングで、あたしたちの話は尽きなかった。
もっとも、松井のニューヨークでのいろんな出来事や思い出話を、聞かされっぱだったんだけど。

アンドリューと一緒のときは、どっちかっていうとむっつりしてた松井なのに、けっこうよくしゃべる。大好きなニューヨークや仕事の話だからだろうか、すごく楽しそうだ。
聞いてるこっちまで、わくわく楽しくなってしまった。

アンドリューとの出会いも教えてくれた。
アンドリューはもともと苦学生で、自力でコロンビア大でMBAを取得した秀才だ。在学中に株のデイトレードを始めて成功し、あっというまに大もうけしてしまったんだと。

美形、秀才、商才と三拍子揃っているから、もともと王家の生まれなんじゃないかと思っていたけど、実は一夜にして王子になった「シンデレラ」だったわけだ。

「あいつ、けっこう苦労人なんだよ」と松井は言う。「おれと一緒でさ」

なんとふたりの出会いは、イースト・ビレッジのベーグルスタンド。
ふたりとも、アルバイトでベーグル売りをしてたんだと。

「えーっまじで?! そんなこと、いままでぜんぜん教えてくれなかったじゃん??!!」
あまりにも意外な事実に、あたしは絶叫した。
松井は「しーっ」と人差し指を口に当てた。
「あんまりでかい声出すなよ。通報されるから。このアパートに住んでる連中は、けっこうお上品なんだぜ」

通報って・・・・・ニューヨーカーってなんかおおげさだな。

「おれはともかく、やつがベーグルスタンドでバイトしてたことはトップシークレットなんだ。あいつ、いまや金持ち雑誌の『フォーブス』にも登場するような立場だろ。セルフ・ブランディングにはぬかりがないんだよ」

つまり、あくまでも王家に生まれた生粋の王子として振舞ってるわけですね・・・・・・

「おれもあいつも食いしん坊でさあ(いや、それはよく知ってるよ・・・・・・)。やつはオハイオのド田舎の出身なんだけど、マンハッタンに出てきてベーグルのうまさに心底しびれたらしくってね。まあ、おれも牛久出身で、マンハッタンにきて同じ体験をしたわけなんだけど。おれたちがベーグルスタンドでバイトした理由はただひとつ。腹いっぱい、タダでベーグルが食えることなんだ」

「腹いっぱいステーキ」とかじゃなくて「腹いっぱいベーグル」ってところに、ふたりに共通したミョーに堅実なキャラを感じる。いや、マニアックというべきか・・・・・・

「バイトで出会った頃はあれこれ夢を語りあったもんだよ。おれはメッセージ性の強いグラフィックデザイナーになる。あいつは巨額の資金を動かすファンドマネージャーになる。ふたりで大もうけして、腹いっぱいベーグルを食べる・・・・・・」

ってそのときすでに腹いっぱい食べてたんじゃないの?!

「マンハッタンだけじゃなくて、シカゴとか、東京とか、東ヨーロッパの街角とか、ベーグルうまそうな町はいっぱいあるじゃん? 世界中のうまいベーグルを食べ比べような、なんて言ってたんだ。まあ、あいつのほうが先に出世して、東京にも駐在して『デイリー・ベーグル』みつけたりして、夢をかなえたってわけだけどね」

そうだったのか。

あたしは、ちょっとアンドリューのことを見直した。

松井にちゃんと話さずに、あたしをさっさと空港からオフィスに連れてきちゃったりして、なんなの?! って一瞬思ったけど。
それに、怜奈に思わせぶりなそぶりをしていることも、ずっと引っかかっていたんだけど。

ささやかな夢を大きな成功につなげることのできる、ほんとうにデキるオトコなんだ。

でもって、実は・・・・・・松井も。

「ところでさ。なんか忘れてない?」
急に言われて、あたしはちょっと首をかしげた。
「え? なんのこと?」
「あのさあ。おれんちに居候するんだろ? その見返りにおれが頼んだこと、忘れてない?」

あ。
そうだった。「水戸一」のヤキソバパン。

「あーっ、ごめん! そうだった!!」
あたしは立ち上がって、「あ」ともう一度小さくつぶやいた。

クーラーボックスも、アンドリューの車の中だった・・・・・・

キンコン♪ と、玄関のチャイムの音がする。
松井が立ち上がって、「Hello?」とインターフォンで応えると、
「ヒデキ? ナツキはそこにいるのか?」
ちょっとささくれだった、アンドリューの声が響いた。

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