#61 水戸一、買った!
水戸一、私が買った!
思いがけないアンドリューの言葉。まったく意味がわからなかった。
カンペキな日本語を話す外国人だと思ってたのに、やっぱり時々意味不明なこと言うんだな・・・・
「そういう問題じゃないんだよ、アンドリュー」
あたしが頭の回転速度をむりやり上げてアンドリューの言葉の意味を検索している横から、いきなり松井が言った。
「日本のパン屋の文化ってのは、独特のものなんだ。金のある外資が買ったところでどうにもなるもんじゃない。だいいち、つぶれたちっこいパン屋を買い取るなんて1ドルにもならないようなことやってどうすんだよ。いくらなんでもお前の会社、そこまでホトケじゃないだろ」
なっ・・・・・・ちょ、ちょっと。つぶれたちっこい1ドルの価値もないパン屋って・・・・・・(まあ、事実ではあるんだが)そこまで言うか?!
「ちょっと松井!そんなこと言ったって、アンドリューがわかるわけないでしょ!」
「なんだよ。『ホトケ』ってとこ?」
「そこじゃなくて!日本のパン屋の文化なんて言っても、どうしようもないじゃん!」
松井は一瞬、厳しい顔つきになった。あたしはぎくっとした。
「どうしようもなくないよ。大事なことじゃないか。『水戸一』が『ディーン・アンド・デルーカ』みたいなショップになったからって、それで解決するわけ? こいつの会社が買収するっていうのは、そういうことなんだぜ」
「そういうことだ。最初は小さな街角のショップから始めて、大きく成長する店だってある。私の会社が関わるのであれば、そういう展開にする、ということだ」
アンドリューが急に外資系企業の副社長っぽいことを言った。
「それに、水戸でやり直す必要もないじゃないか。マンハッタンで始めたっていいんだし」
あたしは思わず噴き出しそうになった。
「冗談でしょ。だって、うちのお父さんもお母さんも、英語なんてしゃべったこともないんだよ?」
アンドリューが、にやりと笑った。
気のせいじゃない。アンドリューの笑顔の質は、初めて会ったころからどんどん変わってきてる。
超さわやかな朝風系だった笑顔は、「ハゲタカ(ファンド)」っぽい、インテリなんだけどちょっとぞっとするような笑みに変わってしまった。
そのインテリぞっと系笑みを浮かべて、アンドリューは言った。
「別に君のご両親がやる必要ないだろ? ビジネスを成功させられるマネージャーと職人がいればいい。そう、たとえばヒデキと君が組んで店を立ち上げて、私が出資したっていいんだ」
「おい、アンドリュー。もういいよ、やめとけ」
松井が口を挟んだ。アンドリューはかまわずに続ける。
「そうだ。ブライアント・パークに出店しているカフェテリアを買収して、それと一緒になって『東京ベーカリーカフェ』みたいなのをやったっていいんじゃないか? 全体のブランディングはヒデキがやって。マンハッタンのセレブリティがどんどんくるように、予約の取れない店として仕掛けるんだ。私の知り合いからも出資を募ってもいい。資本金は・・・・・・」
「いいかげんにしろよ!」
松井が、ついにキレた。
「そんなことしたって、それは『水戸一』じゃねえって言ってんだろ?!」
うわっ。や、やばい。松井、まじギレ?!
あたしはふたりのあいだに立って、おろおろとふたりが一触即発になってるのを眺めることしかできない。
と、遠くからけたたましい音が近づいてくる。
ファンファンファン・・・・・・・
って、パトカー?!
サイレンは、ぴったりと松井のアパートの前で停まった。
え。もしかして、ここの住人さん・・・・・・・まじで通報しちゃったの?!
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