#70 密談
「うわっ! な、なんで?」
あたしはとんでもなくうわずった声を出してしまった。
だって、なんだかゼツミョーなタイミングじゃないか?!
「なんでって・・・・・・そりゃこっちのセリフだろ。なんであんたがここにいんの?」
「そ、それは・・・・・・」
何人かの人が乗り込んできた。松井はあたしの腕を引っぱって、エレベーターの外へ連れ出した。
あたしは頭の中が真っ白になるくらい、急にドギマギしてしまった。
毎日見ている顔なのに、毎朝送ってもらっているくせに、こういう想定外のシチュエーションでばったり会うと、ドギマギしてしまうのは何故なんだろう。
「あ。さては、サムの修行をサボって、アンドリューと密談か?」
あたしは自分でもおもしろいくらいあわてて打ち消した。
「ちちちっ、ちがうっ! んなわきゃないでしょっ! こんなでっかい会社の副社長様と密談できるほど、あたし大物じゃないし!」
松井は、あはは、と心底おもしろそうに笑った。
「そりゃそうだ。でも、なんで? ここにいるってことは、アンドリューに会いにいったってことだろ?」
そう言われて、あたしは返答に詰まった。
怜奈が急にこっちへ来ていること、もうすぐ結婚すること、でもアンドリューを思い切れずに悩んでいることを、松井に聞いてもらいたい気がした。そして、できることなら、松井にもふたりの仲を後押ししてもらいたいような。
でも、怜奈に断りもなしに、松井に話してしまってもいいもんだろうか。
「やっぱり。密談だな」
もう一度言われて、あたしの胸はちくんと痛んだ。
松井に隠れてアンドリューと何かこそこそやっている。松井にそう思われるのが、たまらなく悲しかった。
違う、ともう一回打ち消そうとした瞬間、
「秘密のおしゃべりか。アンドリューと、怜奈ちゃんの」
松井が言った。
あたしは驚いて松井を見た。
「なんで知ってるの?」
にっと笑って、松井が返す。
「三分前に、電話があった。おれ、これからあいつとミーティングの予定だったからここに来たんだけどさ。『レナが来てるから、キャンセルにしてくれないか』ってね。そこにエレベーターが到着して、あんたが出てきた」
あたしは言葉に窮して、松井をみつめた。
なんて言ったらいいか、わからなかった。
あっちも、こっちをみつめている。
たぶん、ほんの数秒のことだったと思う。でも、あたしはずいぶん長いこと、この瞳、ちょっと涼しげで、わりとやさしくて、けっこう澄んだ瞳をみつめ続けているような気持ちになった。
口もとにふっと笑みを浮かべて、松井が言った。
「なんかでいっぱい、って顔してる。このさい、全部出しちゃえば?」
あたしたちは、午後の光があふれるブライアント・パークの芝生の上に、並んで座った。
初めて会ったときのように、松井がコーヒーを買ってきた。
のどかな春の空気の中で、あたしは怜奈の一件を松井に話した。
松井はずっと黙って聞いていたが、あたしの話が全部終わると、「そうか」と、ため息をついた。
「そうとう思い詰めてるよな」
あたしはひとつ、うなずいた。
「ほんとに好きなんだなあ、怜奈ちゃん。あいつのこと。あーあ、残念。おれじゃないのかあ」
そう言って、笑っている。あたしは、どきっとしてしまった。
もちろん、いつもの松井ジョークだろうけど。軽いノリで言ってるんだろうけど。
今日のあたしは、なぜだか、松井の言葉のひとつひとつにずきんずきんとしてしまう。
「・・・・・・あきらめたほうがいいな」
誰に言っているともわからない口調で、松井がつぶやいた。
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コメント
最後の「あきらめたほうがいいな」のセリフが ひっかかります。
レナに対する言葉なのか 松井が自分自身に言い聞かせてる言葉なのか どっちかドキドキ…
ついでに私も松井の言葉にドキドキします。
結果 夏希と松井が ひっついてほしいから
投稿 ふわ | 2008年5月10日 (土) 01時05分