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#72 泣いた。

息を切らしてたどりついたエレベーターホールで、開いたドアの向こうから現れたのは、怜奈だった。

「あれっ、夏輝? 戻ってきたんだ?」
今度は怜奈が、きょとんとあたしの顔を見ている。あたしは怜奈の腕を引っぱって、ホールの隅へ連れていった。

「怜奈。あ、あのさ・・・・・・アンドリューのことだけど。その、やっぱり・・・・・・」

あきらめたほうがいい。

さっき松井から聞いたそのひと言を、あたしはなかなか口にできなかった。
怜奈は、あたしが次に何か言うのを、じっと待っていた。けれど、あたしはずっともじもじしてしまった。

そのうちに、怜奈は、ふふっといたずらっぽく笑って告げた。

「付き合ってほしい、って言われちゃった」

あたしは、顔を上げて怜奈を見た。その拍子に、は? と口が開いて、そのまま固まってしまった。

怜奈。まんまと、だまされてる・・・・・・

「何もかも、正直に話してくれたよ。父の会社を買収しようとしてること、その情報を得るために、思わせぶりな態度をしてきたこと・・・・・・」

怜奈は、ぽかんとしたままのあたしの顔に向かって、淡々と語った。
「それで、あたしに戦略結婚なんてしてほしくない、って。自分が必ず父の会社を救うから、それを待っててほしい、って。そのプロジェクトに付き合ってほしい。そう言われた」

え・・・・・・

「付き合ってほしい、って、カノジョになってくれ、って意味じゃないの?」

怜奈は首を振った。それから、少し寂しそうな笑顔になった。
「残念ながら」

「そんな、ひどいよ。それじゃ、怜奈の気持ちはどうなるの。結婚するな、って言っておきながら、べつにカノジョになってほしいわけでもない、って・・・・・・・自分勝手すぎない?!」
やっぱり、そのへんは王家の血筋なんだろうか。
あたしはまたしてもバイオレントな行為に及びそうになるのを、ぐっと手を握りしめてなんとかとどめた。

が、意外な言葉が返ってきた。
「ううん。最高の結末、になったと思う」

そして、寂しそうな笑顔を、いつものように花がほころぶような明るい笑顔にすりかえた。

「アンドリューの会社に買収されるなら、父も本望だと思う。いつかは海外の会社と提携して、事業を広げたがってたし。それに、もし買収が成立するなら、あたしはもう、結婚を強いられることもなくなるわけだし」

怜奈の目が、きらきらと光っている。
あたしは握りしめていた拳をほどいて、聞いた。
「じゃあ、婚約破棄・・・・・・するの?」

怜奈は、こくんとうなずいた。

あたしは、なんだか胸がいっぱいになってしまった。

怜奈の思いは、結局、かなわなかった。
アンドリューに受け入れられることもなく、親の決めた相手にも、怜奈は自分から別れを告げる覚悟をしたのだ。

そんな寂しい結末で、ほんとうに怜奈はいいんだろうか。

「あたし、アンドリューに感謝してる」

ロビーへと並んで歩いていきながら、怜奈がぽつりとつぶやいた。

「もしも彼が、買収の件を秘密にして、あたしを受け入れたとしたら・・・・・・もっと悲しい結末になってたよ。全部正直に話してくれて、その上、あたしを自由にしてくれた」

怜奈は、ふと立ち止まった。
大きな瞳から、幾筋も涙を流して、怜奈は立ち尽くしていた。

「夏輝。あたし、今度こそ、生きていけるよね。自分の、自分自身の人生を」

そう言って、あたしに抱きついた。

怜奈は、思いっきり泣いた。
ぴかぴかに磨かれた大理石の床の上、かっこよくスーツを着こなしたビジネスマンが、颯爽と行き交うロビーで。

みっともないほど、すがすがしいほど、怜奈は泣いた。
こっちまで、めちゃくちゃ泣けてくるほどに。

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コメント

案外 アンドリューもレナも いい人なんだupと思いました。
読み進めてくうち 私の中に「アンドリューは こんな人」で「レナは こーゆー人」と決め付けてたみたいです。今は お互い 腹を割って 正直に話した結果 二人が 清々しくさえ見えてますshineさて お次は 松井&夏輝…どーなるのやら…sweat02

投稿: ふわ | 2008年5月17日 (土) 00時52分

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