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#73 完成!

今度こそ、自分の人生を、自分自身で生きる。

そう宣言して、思いっきり泣いて泣いて泣き明かして、怜奈は日本へ帰っていった。
もとどおり、咲きほころぶ花のような笑顔――いや、それ以上に晴れ晴れと、夏空みたいにさわやかな笑顔になって。

「今度会うときには、夏輝に負けないような夢をみつけて報告するからね」
JFK国際航空で、別れるまぎわに怜奈はそんなふうに言っていた。

「当面は、そうだな・・・・・・アンドリューよりも松井さんよりもすてきな男子をみつけるとこから始めようかなっ」

って全然懲りてませんねお嬢さま・・・・・・

明るく手を振って、怜奈は出発ゲートのむこうへ姿を消した。

アンドリューも松井も、見送りにはこなかった。
ふたりとも、きっと会わせる顔がなかったのだろう。いや、もしかすると、胸がきゅんとなっちゃってたのかもしれない。

ふたりとも、ほんとは怜奈のことを、ちょっぴり好きだったんじゃないかと思う。
だってあたしが男子だったら、やっぱり好きになっちゃってたよ。

だから大丈夫だよ、怜奈。
きっとすぐに、あのふたりよりすてきな男子をみつけられるはずだよ。

そして、怜奈自身の夢も。


さてさて、あたしの夢。
あと一歩、ってところまできてる夢。
土俵際まで攻め込んで、あと一押しで押し出せる夢(ってなんでたとえが相撲なんだ?)。

とにかく。あたしだって、怜奈に負けてられない。

こうなったら、持ってる力のすべてを込めて生地を練るぞ。
でもって感覚の全部を研ぎ澄ましてオーブンに火を入れる。
そしてそして、心のぜんぶを込めて焼き上げる。

あたしのベーグルを食べる人たちの顔を思い描く。

怜奈。あんなに泣いて、「おいしい!」って言ってくれた。でもあれはまだ試作品。もっともっとおいしいのを作ってあげるからね。

お父さん、お母さん。うーんとうなって、ひと言も言葉が出ないくらい、感動的な一品を作ってみせる。でもって、それを捧げちゃうからね。

ややちゃん。「まじぃーっ??!!」って飛び上がっちゃうほどすごいの、作るよ。ふふっ、驚け驚け。

アンドリュー。「これは我が王国の公式の主食にしよう」と言わせてみせよう。なんちて、あはは。

そして・・・・・・松井。

完成したベーグル食べて、なんて言うのかな。
あいつだけは、ちょっと読めない。

「こんなもんか、ふーん」といつもどおりにぶっきらぼうかも。
「なかなかやるじゃん」とか言って、ぽんと肩を叩いてくれるかな。

「うまい」そうひと言、言ってくれるかな。

だとしたら、それがいちばん嬉しいな。
なにより、いちばん。

「・・・・・・ウマイ」

・・・・・・え?

あたしは、オーブンの前で、粉だらけなった顔を上げた。

目の前には、サムが立っている。焼き上がったあたしのベーグルを、いっぱいにほおばっている。

大きくて澄んだ目が、あたしをみつめている。
ほんのり驚きと、いっぱいの喜びが入り混じった目で。

「ウマイヨ、ナツキ。サイコウダ」

サムは、もう一度日本語で言った。
それから「Perfect!」と、短く付け加えた。

それは、あたしがずっとずっと待ち続けていた、ひと言だった。

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コメント

初コメントです。

 いつも楽しまさせてもらってます。リコノコです。
 夏輝の視線は、等身大で好きです。
 飾るわけでもなく、ベーグルや周りの人達に対する思いやりがあるなぁと。


 今回、ベーグルサムのサムにサイコウダなんて言わせたベーグルが大完成して、つい食べたくなって初コメントしちゃいました(笑)
 コメントしたからって食べられるわけではないですが(笑)

 この先無事お店を開けるのか?アンドリューはまた暴走して夏輝を巻き込むのか?松井はどーするのっと、どうなるか注目ですっ

投稿: リコノコ | 2008年5月21日 (水) 09時46分

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