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#80 拍手

春がきた。

冷たく凍えるマンハッタンの寒風を耐え抜いたブライアント・パークの木々が、いっせいに芽吹く。
ニューヨークのおしゃれな女の子たちが、いっせいにコートを脱ぎ捨ててさっそうと歩く。
公園の陽だまりで、学生たちが本を広げる。
春がきた!と街中が、声に出して喜んでいるような、春のいちばん初めの日。

「サムとナツキのベーグル 本日よりしばらく休業」

そう書いたバナーをディスプレイボックスに下げて、サムとあたしは、いつもどおりブライアント・パークの片隅に立った。

あたしたちの前に、ものすごい行列ができている。
列は42丁目のストリートから1ブロック先まで続いている。レベッカがカウンターで数えて、開店直前に知らせに来てくれた。

その数、500人。

あたしとサムは顔を見合わせて笑った。ぴったり、500個の「トウキョウ」を作って持ってきてあった。

「来てくださって、ありがとうございます」

あたしは、朝5時から並んで待っていた、という、一番乗りの学生の男の子に「トウキョウ」を手渡して、ぺこりと頭を下げた。彼もぺこりと頭を下げて、「アリガト、トウキョウ」と日本語で返してくれた。

「これで終わりじゃないのよね?」
何番目かに「トウキョウ」を手渡した女の人が、名残惜しそうに尋ねた。サムがにっこり笑って答える。
「まさか。ちょっとのあいだ、臨時休業ですよ。そう遠くないうちに、必ず再開します」
「きっとよ」と、彼女が念を押す。

「戻ってきてくれよ。おれたち、待ってるから」
その後ろに並んでいた何人かが、口々にそう言った。
サムとあたしは、大きくうなずいた。

あたしたちはひとりひとりに「トウキョウ」を渡して、「Thank you 」「アリガトウ」とお礼を言った。

あたしは、もう、胸がとてつもなくいっぱいになった。

あたしの、新しい旅立ち。

あたしは、明日、日本に帰るのだ。
そう、ひとりじゃなく―サムと一緒に。

きっかけは、サムのつぶやきだった。

「ナツキ。私の夢を、聞いてくれるかい?」

冬の初めのある日、ブライアント・パークからの帰り道、サムは突然、あたしに打ち明けた。
なんと、日本に行きたい、と。

私の両親に会いたい。日本のパンの作り方を教わりたい。
そしてできることなら、「トウキョウ」を東京で売ってみたい。
それがいまの自分の夢だ、とサムは話してくれた。

あたしは当然、困惑した。
だって、あたしのお父さんがサムにパン作りを教えるなんて、なんだかとんでもないじゃないか。それに、日本の公園ではベーグルなんか売れないだろうし・・・・・・

「わかってるさ。けど、いまは夢でも、いつかきっとかなえたいんだよ」

サムの目はきらきらと輝いて、未来を信じてやまない少年そのものだった。
その目をみつけたとき、あたしのなかで、ことん、と何かが動いた。

おんなじだ。あたしと、おんなじ。

いつかニューヨークで、ブライアント・パークで・・・・・・って憧れてた、あの頃のあたしと。

誰がなんて言ったって、絶対に実現する! って、あたしはがむしゃらに飛んできてしまったんだ、ここまで―サムのところまで。

いま、あたしの目標だった人が、あの頃のあたしとおんなじまなざしで、日本を目指している。

サムの思い。それは、きっと・・・・・・

あたしの思いでもあるんだ。

あたしは、松井とアンドリューに相談した。
ふたりは黙って聞いていたが、あたしが一通り話し終わると、ふたりで顔を見合わせて微笑んだ。
「待ってました!」と、すぐに松井が言った。
「ようやく、キター!って感じ?」と、アンドリューも言った。
実は、ふたりとも、「サムとナツキのベーグル」は、日本に「里帰り」するべきだ、と最初から考えていたと言う。

アンドリューは「グローバルな展開の最初の一歩は東京だと思っていた」し、松井は「水戸一がなけりゃ始まらなかったわけだからな、『トウキョウ』も、あんたも」なんて言う。

そして、口を揃えて宣言した。

「なるべく早く、実現しよう。おれたちの夢」

あたしはあっけにとられてしまった。

いつのまにか、「サムの夢」じゃなくて、「おれたちの夢」にすり替わっている。

そして、まるで新しい冒険が始まるみたいに、ふたりとも、わくわくしている。

あたしはすっかりあきれてしまった。
そして、とても嬉しく、頼もしく思ってしまった。

「トウキョウ」の里帰り。

それは、あたしたち全員の、新しい目標になった。

最後のひとりに、最後の「トウキョウ」をひとつ、渡し終わったとき。

パチパチパチ、と拍手が起こった。
あたしは顔を上げて、回りを見回した。

公園にいた人たちが、あたしたちを囲んで、あたたかく手を鳴らしてくれていた。
ビジネスマン、清掃のおじさん、ベビーシッター、学生たち、そして―

いつのまにか、アンドリューがいた。レベッカと一緒に、笑顔で拍手してくれている。

その隣に、松井も立っている。すごくいい笑顔で、やっぱりあたたかく、拍手してくれている

あたしは・・・・・・あたしは、涙がいっぱいにこみ上げた。
今回ばかりは、がまんできなかった。ぽろぽろと涙がこぼれて、あたしは思わず両手で顔をおおってしまった。

ありがとう、サム。あたしの師匠。
ありがとう、アンドリュー。あたしの友だち。

ありがとう、松井。
あたしの・・・・・・大好きな、ひと。

ありがとう、ほんとに、ありがとう。
あたしのニューヨーク。

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コメント

次回をとても楽しく読ませていただいています。
なんだか、今回はちょっぴり涙が・・・。
夢を叶えたナツキが今度はサムの夢を叶えようと。。。
それは、みんなの夢でもあるってなんだかわくわくするくらい素敵ですね。

投稿: Daisy | 2008年6月13日 (金) 21時08分

うわぁ…泣けてきてしまったゎsweat01あ~、早く次が見たいデスsign03
私のサムのイメージは映画「グリーンマイル」の大柄の黒人の人ですhappy01

投稿: ふわこ | 2008年6月15日 (日) 02時04分

今日はニューヨークスタイル ベーグル&ベーグルでお昼にチーズベーグル『ボルケーノ』を食べました。
ベーグル見ただけで、ナツキやサムのことを思い浮かべます。
ナツキの夢がサムの夢を生んで…
素敵なことだなぁ~と思いました!

投稿: リコノコ | 2008年6月15日 (日) 22時52分

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